近畿武芸百選

住吉大社
武芸

サイト紹介

突然ですが、武芸・武術・武道この3つの言葉を説明することができますか? わかっているようなわかっていないような、でも改めて説明しろと言われると難しいですよね。ここで簡単に説明しておくと、武芸とは戦場で戦う為に武官や武士が習得しておくべき技芸のことです。中国から伝わったものをさすこともあれば、日本に昔から伝わる古武術(古武道)のことをさすこともあります。どちらも対人を相手とし、ときには武具などを使って戦うことを目的としていて、相手を倒して自分が勝つ為に身に付けるものです。 武術は武芸とほぼ同義語と考えていいでしょう。馬・剣・弓など、戦場で戦う為に身最低限必要とされているものもそれに含めます。 武道とは、前述した2者が技術をさしているのに対し、その技術を極めて目指す道のことをさすといえるでしょう。さらに、厳密には武道は相手を倒すことを目的としていません。もちろん勝つ為に訓練し技術を身に付けるのですが、あくまでルールにのっとった上で戦い、急所などを故意的に狙うことはルール違反となります。また、技術面の習得と合わせて精神的鍛錬も目的としており、気持ちの強さやしなやかさ・セルフコントロールの力などを養い、人格形成・メンタル面を鍛える為に武道を始める人も多いのではないかと思います。 では、武芸・武術・武道の意味を何とな~くわかっていただいたところで、このサイトではその中でも武芸について掘り下げてご紹介していきたいと思います!

心身共に男を磨ける

さて、このサイトをご覧の男性の方!男性なら誰しも女性にモテたいという気持ちがありますよね。女性が思う男性の魅力とは、外見や社会的地位だけではありません。もちろん、どちらかもしくはこの2点両方を兼ね備えたハイブリッド男子をひたすら求める女性もいるでしょうが、長く一緒にいることを考えるとやはり、内面の素敵な男性が一番でしょう。何でも包み込んでくれるような大きな器、仕事で何か失敗してもポジティブな言葉で励ましてくれる前向きさ、自分が何かうまくいかないことがあっても簡単にくじけたりしないタフさ・・そんな精神的に強く、落ち着いた男性に女性は安心感を抱くのです。 近年、結婚年齢の平均が上がり晩婚化が進む中、仕事もある程度落ち着き、お金にも気持ちにも余裕が出てきた一人暮らしの男性も多いのではないかと思います。何か新しい変わったことを始めたい!日本男児に生まれたからには伝統文化に触れてみたい!体を動かしたいけどできれば内面素敵系男子を目指したい!そんなあなたに是非知っていただきたい、知る人ぞ知る近畿の武芸をいくつかご紹介したいと思います。 体力が落ちてくると気持ちも落ち込みますし、反対に体が元気だと自然と心も明るくなります。ただの筋肉好きではなく、歴史や伝統を重んじて鍛えているという、他の人にはない圧倒的インパクトで話のネタになること間違いなし! 何かに打ち込んでいる姿って、男性・女性関係なく心惹かれるものがありますよね。是非武芸で心身共に鍛えて男を磨き、さらに素敵な男性を目指してみてください。関西のメンズエステで男磨き。清潔感を身につけて周りと差をつけ、イメチェンすれば新しい生活が始まりますよ!詳しくはサイトをチェック!

肥前兵法タイ捨流剣術

肥前兵法タイ捨流剣術

戦国時代の剣術家といえば、上泉信綱を思い浮かべる方は非常に多いでしょう。 上泉信綱といえば誰もが一度は耳や目にしたことがあるであろう「新陰流」の開祖であり、非常に優秀な門下も居ました。 その門下の一人なのが「丸目長恵」です。

二天一流兵法・圓明流兵法修猷館

二天一流兵法・圓明流兵法修猷館

宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島での決闘は誰もが知っているでしょう。 物干し竿と呼ばれる長い刀を操る佐々木小次郎に対し、宮本武蔵は2本の刀を同時に扱う二刀流の剣術家でした。 1本の刀を流麗の如く扱うさまは、男性であっても女性であっても素晴らしいものと思えるでしょう。

無外流居合・剣術 玄黄二刀流 剣翔会

無外流居合・剣術 玄黄二刀流 剣翔会

江戸時代の剣客として名をはせたのが「辻月丹」です。 この辻月丹が流祖となっているのが「無外流剣術」なのです。この無外流剣術は土佐藩で非常に幅広く広がりを見せた剣術の一つで、多い時には10,000人を超える人がこの無外流剣術を学び、修行していたと言われています。

宝蔵院流槍術

宝蔵院流槍術

槍といえば、直槍というのが一般的なものでしたが、その概念を大きく覆したのが「宝蔵院」の院生であった「胤栄」です。この胤栄は水面に映る自らの直槍と三日月が交わっているのをヒントに、十字型の鎌槍を開発したと言われています。

心形刀流

心形刀流

「心形刀流」とは、剣術のひとつの流派のことで、三重県の無形文化財にも指定されています。 創始者は伊庭是水軒秀明で、諸流派を学び、志賀十郎兵衛秀則から学んだ「本心刀流」に強く惹かれ、それを元に、他の流派の良い点も取り入れつつ、江戸時代初期に「心形刀流」を作ったそうです。